COVID-19の蔓延はかつてない規模で人間の生活を一変させました。感染を防ぐためにソーシャル・ディスタンスが謳われ、物理的接触が禁じられる一方で、禁じられた物理的接触を補うためにヴァーチャルな接触を可能にするさまざまな遠隔技術がウイルスと同じくらいの速さで広がったことはまだ記憶に新しいでしょう。音楽の営みもまたこの流れに呑み込まれ、ZOOMをはじめとするオンライン・コミュニケーション・システムを使ったコンサートがあちこちで行なわれるようになりました。ただし、こうした試みのほとんどは、それまで慣れ親しんできた音楽体験のヴァーチャルな再現を目指すばかりで、メディア環境の変化を積極的にとらえて、作曲と演奏、そして視聴の方法を根底的に再考し、新しい音楽を新しいかたちで創造するきっかけとする試みはなかなか見当たりませんでした。
このコンサートではZOOMを、失われた営みをシミュレートするための透明な装置ではなく、固有の特性を持った「楽器」と見なし、その楽器によってのみ演奏・視聴可能な音楽のジャンルがあったとすればという空想にもとづき、世界各地の作曲家や音楽家からじっさいにそのようなZOOMUSICを集めて、オンラインとオフラインで同時に上演します。プログラムのうち三作は東京大学芸術創造連携研究機構が開催する文理融合ゼミで中井悠が担当しているZOOMUSIC制作授業の成果作品です。
あらゆるテクノロジーと同じく、ZOOMもそれを生み出した政治経済的な力学と歴史的な状況によって癖づけられ、さまざまなことを可能にしながら、さまざまなことを抑制することで機能しています。このシステム固有の信号処理の仕方、インターフェース・デザイン、音と映像の結びつきや不確定性の度合いなどをくわしく探れば探るほど、「演奏者/観客」、「楽譜/楽器」、「生演奏/再生」、「音楽/音楽以外」などの凝り固まった概念区分は解きほぐされ、これまでとは別の仕方で音楽を構想、演奏、経験することを余儀なくされます。たとえば音楽制作は映画制作とほとんど見分けがつかなくなり、「作曲」や「作品」というきわめて観念的な単位は疑いの目を向けられるかもしれません。またZOOMUSICの演奏をあえてオフラインで経験することは、テレビ番組の公開放送に立ち会うような感覚を生み出し、対面式コンサートの意味を変えてしまうかもしれません。
タイトルが喚起する動物園さながら、新奇の音楽と音楽もどきたちが会場の内外をうろつきまわる(ポスト)コロナ時代のコンサートにふるってご参加ください。たったひとつ事前にお願いしたいのは、オンラインとオフラインのどちらで経験するのかを、それぞれの観客が(良きクリティックさながら)セレクトすることです。